日本というのはコピー文化

2011.10.21

「近代以後の日本の文学者が、西洋の小説を読み、読み終えてから小説を書き始めたことは、言うまでもない」と司馬遼太郎がものの木で言い切っているが、住宅でも同じことが言えるのではないかと思っている。とにかく日本というのは眺めれば眺めるほど、考えれば考えるほど、コピー文化なのである。遠い昔は中岡、朝鮮から拝借し、近代になれば、範を欧米にとシフトを変えた。つい四十年ほど前はまったく口にしなかった、サラダやワインやハンバーガーはもう日本人の人好物であるし、オペラや野球やサッカーはプロとして立派に成り立っているのである。

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こんなのは外国ではまずありえない。相撲や歌舞伎で飯が食えるなんて時代は、百年たってもこないでしょうが、アメリカにはね。つい5年前、日本人は現金だよ、現金取引、などとオヤジたちが言い切っていたのに、カードの普及は想像を絶するまでになり、日本人は繊細だから現物をさわらなきゃ買い物はしない、とロをへの字にしていたくせに、通信販売のすさまじさと言ったらあきれるほどである。